論文
公開件数:42件
No. 掲載種別 単著・共著区分 タイトル 著者 誌名 出版者 巻号頁 出版日 ISSN DOI URL 概要
1 (MISC)会議報告等
単著
名誉革命とハイ・チャーチ―Izaak Waltonのアングリカニズム思想を中心として

日本英文学会第84回大会Proceedings 

85-86
2012/09/15




2 研究論文(学術雑誌)
単著
「ウォルトン『伝記集』とジェイムズ一世 ― そのヴィア・メディア政策への共感」

富士見・言語文化研究会『ふじみ』

第29号, 3-16
2010/03/31




3 (MISC)会議報告等
単著
Research Project: "Study of Contemporary Literature in Britain in Relation to the Liberalistic Economy and Society" (2004-2007)
Mitsutoshi Somura
Journal of International Economic Studies

23, 101-103
2009/03




4 (MISC)会議報告等
単著
ウォルトン小伝

法政大学『多摩論集』

第21巻, 25-86
2005/03



内乱と空位時代という時代背景におけるウォルトンの伝記。「その思想」を含む。
5 研究論文(学術雑誌)
単著
エリオットとダンのアングリカニズムの相違

T. S. Eliot Review(日本T. S. エリオット協会)

第15号, 30-44
2004/11



ロードやアンドルーズは、内乱前の教会の分裂を、統一と秩序の実現によって防ごうとしたが、ダンはフッカーのヴィア・メディア思想により衝突を回避し分裂の融合を目指した。そしてエリオットがシンパシーを抱いたのは前者であることを論証する。
6 (MISC)会議報告等
単著
アイザック・ウォルトン『釣魚大全』論
―ジャンルの混交と非告白主義―

法政大学『多摩論集』

第20巻, 69-118
2004/03



『釣魚大全』の二つの最重要な問題、宗教と文学を論じる。前半において収容と政治の主要素を見てウォルトンの思想的立場を具体的に考え、次にそれが混交する様々な文学ジャンルの統合・融合の理念となることを検証する。
7 (MISC)その他記事
単著
アイザック・ウォルトンの内乱観

富士見・言語文化研究会『ふじみ』

第25巻, 3-12
2003/12



トーリー、ホイッグ、マルクス主義、70年代末以降の修正主義のの歴史観の流れの中で、クラレンドンとウォルトンの内乱観を考察する。
8 (MISC)その他記事
単著
『愛と真実』とウォルトンの思想

『法政評論』

第17号, 3-12
2003/12



匿名の政治パンフレット『愛と真実』の著者がウォルトンであることを、文体、トピック、思想の面から示し、いわゆる「排除危機」に対する警戒心が執筆の契機であることを見る。
9 (MISC)会議報告等
単著
アイザック・ウォルトン批評史

法政大学『多摩論集』

第19巻/ 57-103
2003/03



17世紀から現代に至るウォルトン全作品に対する批評史。
10 (MISC)会議報告等
単著
ウォルトン『フッカー伝』論

法政大学『多摩論集』

第18巻, 113-140
2002/03



ウォルトンは伝記中で、リチャード・フッカーの『教会統治理法論』第6,7,8巻の偽書説・改竄説を展開しているが、その説の発生と背後にある王政復古教会の介在を詳しく検証し、ウォルトン=プロパガンディスト説を否定する。
11 (MISC)会議報告等
単著
祝婚歌の伝統と近代の結婚
―スカリゲルからミルトンへ―

法政大学『多摩論集』

第17巻, 93-125
2001/03



スカリゲル『詩論』中の祝婚歌批評、エラスムスの結婚擁護の書簡、ジョージ・パトナムの祝婚歌論による祝婚の思想を見て、サー・フィリップ・シドニー、エドマンド・スペンサー、ジョン・ミルトンの詩を形式と思想の影響関係を具体的に分析する。
12 (MISC)会議報告等
単著
ジョン・ダンと自然法(上)

法政大学『多摩論集』

第16巻, 279-297
2000/03



ダンの自然法理解が、トマス・アクィナスから、リチャード・フッカーそしてグレート・テュー・サークルへと流れるアングリカニズムの伝統の中にあることを考察する。トマスの、自然本性としての理性を肯定し、それが神の啓示と対立せず補完関係であるとした、カトリック的ヒューマニズム的自然法を見る。さらに普遍概念としての自然法という観点から、中世普遍論争と、唯名論の果たした役割を概観し、それがプロテスタンティズムの反理性主義と主意主義を基にした自然法理解へとつながっていることを確認する。
13 (MISC)会議報告等
単著
ジョン・ダンとウィリアム・ロード

法政評論研究会『法政評論』

第15号, 27-41頁
1999/12



カンタベリー大主教ウィリアム・ロードは、厳格な徹底政策と呼ばれる教会政治を行い、後世のホイッグ系の歴史家・思想家たちからは一方的な非難の対象となってきた。そのアングリカニズムがダンのそれと基本的に同じ正統的なものであることを確認し、にもかかわらず「寛容」という点で決定的な態度の違いがあることを考察する。
14 (MISC)会議報告等
単著
ジョン・ダンとアウグスティヌス的原罪観

法政大学『多摩論集』

第15巻, 147-164
1999/03



ダンの原罪観が、アウグスティヌスからプロテスタントへと受け継がれた厳しい教理解釈の上に立つことを、主に説教集の中に確認する。ダンは否定的悲観的な人間の姿を、執拗に描き出すが、これはダンの罪、原罪に対する個人的な鋭すぎる意識から来ているものと考えられる。また最後のこの原罪観が、ダンの肯定的な人間観と矛盾する点を指摘し、否定的すぎる原罪観が詩人の修辞的意識から来ている可能性にも触れる。
15 (MISC)その他記事
単著
ジョン・ダンと神学論争

富士見・言語文化研究会『ふじみ』

第20号, 23-33
1998/12



ダンの神学論争に懐疑的で冷淡、否定的な姿勢は、初期の風刺詩から後期の説教に至るまで一貫して見られる。ダンは分裂した教会の再統一の思想を持っていたために、神学論争は大きな障害であると考えていた。そして論争の対象の多くは「中立無規定事項(アディアフォラ)」の範疇に入ると見なしていた。
16 (MISC)会議報告等
単著
グレート・テュー・サークルの思想

法政大学『多摩論集』

第14巻, 213-246
1998/03



17世紀イギリス国教会のグレート・テュー・サークルの考察。サークルは、エラスムス、リチャード・フッカー、グロティウスの系譜の中に有り、理性的で寛容な思想を説いた。カトリシズムとピューリタニズムと対立し、理性的懐疑的な傾向が強いが、ケンブリッジ・プラトニストのように極端な合理主義ではなかった。現実政治においては、内乱時には、王制と国教会を擁護し続け、実質的に王政復古を準備した。ホウィッグ史観により無視され歪められた像の修正を試みる。
17 (MISC)会議報告等
単著
ジョン・ダンとアルミニウス主義

実践女子短期大学英文学科『実践英米文学』

第28号, 146-167
1998/03



説教集の中に見られる、予定説、万人救済説、自由意志についての、寛容なダンの立場が、アルミニウス主義と矛盾しておらず、それに極めて近いことを見る。
18 (MISC)その他記事
単著
ダンの信仰に対するエリオットの疑い

富士見・言語文化研究会『ふじみ』

第19号, 13-31
1997/12



エリオットは、あいまいで暗示的な表現で、ダンの信仰に低い評価を与え否定しているように見える。エリオットの思想と表現の特殊性を考え、低い評価の理由として二人の国教会信仰の違いがあることを考察する。
19 (MISC)その他記事
単著
アイザック・ウォルトン研究年表

法政評論研究会『法政評論』

第14号, 13-26
1997/12



伝記研究と思想研究のための網羅的な年表。
20 (MISC)その他記事
単著
日本における『釣魚大全』研究

富士見・言語文化研究会『ふじみ』第18号


1996/12



日本におけるウォルトン研究の歴史的概観。ウォルトン研究は盛んではなく『釣魚大全』も翻訳が主で研究はほとんど無い。明治以来の『大全』の研究を翻訳も含めて見ることによって、日本のウォルトン研究が、ステレオタイプの釣り人としての都合の良いところばかりを見た、趣味的な受容ばかりで、ウォルトン理解に決定的な意味を持つアングリカニズムと王党派思想を無視してきたことを明らかにする。 全12頁13~24頁
21 (MISC)その他記事
単著
古書店に生き続けるイングリッシュネス

紀伊国屋書店『世界の古書店III』


1996/06



イギリスの古書店に見られる諸特徴を体験と、古書店ガイドから述べ、ケンブリッジにある老舗デイトン・ベル書店の由来と現状に対する観察を記した。
22 (MISC)その他記事
単著
アイザック・ウォルトン 『ダン伝』の宗教性

法政大学『多摩論集』第12巻

77-105頁
1996/03



ウォルトンの 『ダン伝』 は深く宗教的な作品である。17世紀には説教集にその聖職者の略伝や解説を付したものが数多く出版されたが、 『ダン伝』も 『ダン説教集』 の序文のために書かれた伝記であった。必然的に宗教的であるが、それはピューリタン革命以後に書かれた 『フッカー伝』 や 『サンダーソン伝』のように、国教会の立場を積極的に擁護したり主張することを目的とした、ポレミックなものではない。時代の危機が声だかに描かれることはほとんどなく、あくまでもダンの宗教人としての人生だけが、さまざまな逸話を通して語られていく。この伝記の宗教性は、位の高い聖職者の、多少理想化された人生を書いたことから、自然発生的に生じて来るものであり、宗派間の闘争の中で生み出された、政治的な意図を持ったものではない。 全29頁77~105頁
23 (MISC)その他記事
単著
チャールズ・コットンとアイザック・ウォルトン-その友情と政治的立場-

英米文化学会『英米文化』第26号


1996/03



ウォルトンとの関係からコットンを見るときに、文学上の業績以外に、政治的な要素を見逃してはならない。コットンは熱烈な王党派であった。コットンは、ウォルトンと同様に、ピューリタン革命という激動の時代において、一貫して王党派の立場を崩してはいない。つまり二人の関係は、単なる互いに友情を抱いた同好の士というレヴェルにとどまるものではなく、共通の文学と釣りという趣味と厚い友情と深い尊敬心の前提として、政治と宗教の面における、堅い信頼関係があったと考えるべきなのである。現代の読者には多少理解を超えたところがあるが、17世紀半ばの内乱期イングランドの、社会が世俗化以前の、危険で混乱した政治的宗教的状況と、その中にいる人間たちの緊張した関係を考慮してみれば、むしろ欠くことの出来ない条件であった。 全13頁27~39頁
24 (MISC)その他記事
単著
ウォルトン『伝記集』に捧げる チャールズ・コットンの称賛の詩について

野村英文学研究会 『エバラ・レビュー』第5号

6-14頁
1995/12



17世紀のウォルトンの 『伝記集』 に対する批評を考える時に、チャールズ・コットンのこの本に対する賞賛の詩は、さまざまな面で大変意味深いものであり、無視することはできない。この詩の中でコットンは、4つの伝記について、単なる賛辞を超える実に簡潔かつ的確な批評を下しているのである。 この全126行の詩は1673年に書かれ、1675年に出版された 『伝記集』 第2版中、ジョージ・モーレイへの献呈の辞とウォルトンの 「読者へ」の後に置かれている。 (1675年版の 『伝記集』 題扉には 「第4版」と書いてあるが、実質的には第2版である。)以下全訳を試みたうえで、その特徴と 『伝記集』 の批評となっている箇所を指摘しておきたい。 全9頁6~14頁
25 (MISC)その他記事
単著
アイザック・ウォルトン 『サー・ヘンリー・ウォットン 伝』について(下)

法政大学『多摩論集』第11巻

237-260頁
1995/03



アイザック・ウォルトン 『サー・ヘンリー・ウォットン 伝』について(上)の続き。 全24頁237~260頁
26 (MISC)その他記事
単著
アイザック・ウォルトン 『サー・ヘンリー・ウォットン 伝』について(上)

法政大学『多摩論集』第10巻

49-58頁
1994/03



ウォルトン著 『ウォットン伝』 の研究。ウォットンとウォルトンの友情をやや詳しく見て、この伝記の執筆の動機を明らかにする。そしてその内容と各版の改定を概観する。他の4編の伝記と比較した 『ウォットン伝』の特徴としてはウォルトンの俗人としての活躍が描かれていることであり、それゆえまた、他の聖職者の伝記よりも物語としてはるかに 「面白い」要素が多く盛り込まれている。しかしこの伝記においてもやはり、ウォットンの国教会徒としての宗教的な側面が描かれており、ウォルトンの意図としては、基本的にはウォットンもまた敬虔なアングリカンであったことを明らかにすることであったものと考えられる。またウォルトンと密接な繋がりがあったグレート・テ ュー・サークルの影が、この伝記中にも見られることは興味深い。 全10頁49~58頁
27 (MISC)その他記事
単著
アイザック・ウォルトン 『ジョン・ダン伝』における誤りと疑問点の特徴

法政大学『多摩論集』第9巻

33-55頁
1993/03



アイザック・ウォルトンの 『ダン伝』の記述には誤りや疑問点が多い。数多くの不正確さを容認することになった理由は、一つには当時はまだ客観的で正確な近代的な伝記という概念がまだ成立していなかったことがあり、もう一つは、ダンの宗教的、セクト的姿勢が原因となっている。 『ダン伝』 中の誤りと疑問点を、「単純な誤り」「意図的に不正確である可能性を否定できないもの」「事実であるか確定できないもの、エピソード類」「明らかに意図的な事実の歪曲」の4つの種類に分類し、それぞれ分析を加え、ウォルトンの意図を明らかにする。 全23頁33~55頁
28 (MISC)会議報告等
単著
アイザック・ウォルトンの思想

法政大学『多摩論集』第8巻

43-74頁
1992/03



主に『伝記集』の中に見られる思想の考察。ウォルトンは国教会の中で、特にグレート・テュー・サークルという理性重視の寛容な信仰を目指す人々との人間的関係、思想的近親性を明らかにする。ウォルトンの思想は、政治的保守性、暴力への嫌悪、宗教的寛容、知的懐疑主義などの特徴を持ち、基本的に穏健なイギリス的保守主義の性格を持つ。
29 (MISC)その他記事
単著
翻訳: ロンドン セント・ポール大聖堂前首席司祭ジョン・ダン博士 の生涯(下) 原著者:アイザック・ウォルトン

法政大学『多摩論集』第7巻

93-127頁
1991/03



ロンドン セント・ポール大聖堂前首席司祭ジョン・ダン博士 の生涯(上)(平成2年3月)の下巻。 全35頁93~127頁
30 (MISC)その他記事
単著
日本におけるイギリス・ルネッサンス祝婚歌研究書誌

野村英文学研究会『エバラ・レビュー』第4号

9-14頁
1990/07



イギリスの16・7世紀に書かれた祝婚歌関係の日本における研究業績を歴史的順序に配列したもの。また、翻訳・訳注・評釈・編注という項目を作り、同様に配列した。 全6頁 9~14頁
31 (MISC)その他記事
単著
翻訳: ロンドン セント・ポール大聖堂前首席司祭ジョン・ダン博士 の生涯(上) 原著者:アイザック・ウォルトン

法政大学『多摩論集』第6巻

133-171頁
1990/03



ジョン・ダンの友人アイザック・ウォルトンによる伝記(1675年)の翻訳。 全39頁133~171頁
32 (MISC)その他記事
単著
エリザベス朝イギリスにおける祝婚歌の批評理論

法政大学『多摩論集』第5巻

1-19頁
1989/03



エリザベス朝イギリスで書かれた祝婚歌論は、ジョージ・パトナムの詩論中の一つのエッセイだけである。短いものであるが、当時のイギリスの祝婚歌によく見られる二つの特徴を指摘している。結婚それ自体の価値の称揚と論理的教訓的姿勢であり、これらは古典の祝婚歌あるいは同時代の大陸の祝婚歌には見ることができない要素である。そのパトナムに影響を与えたと考えられるのはフランスの人文学者カスリゲルの詩学の中の祝婚歌論であった。されにエラスムスの書簡体の結婚論の英訳も、祝婚歌論ではないが思想的に重要な影響力を持ったと考えられる。キリスト教ヒューマニズムの立場から結婚を擁護しており、シドニーやシェイクスピアなどに影響を与えている。 全19頁1~19頁
33 (MISC)その他記事
単著
R.CrashawのEpithalamion

野村英文学研究会『エバラ・レビュー』第3号

30-43頁
1988/12



リチャード・クラショーの祝婚歌の考察。この詩にはクラショーの詩に特徴的な性質が多く見られる。感覚的で時に官能的なイメジャリー、灼熱した感情と舞い上がる抒情性、音楽面での繊細さ、抽象的なイメジなどである。この祝婚歌では性が強調されているが、それはクラショーが、結婚後の性を秘跡(サクラメント)として考えていたころから来ている。カトリシズムの結婚観の影響が大きいと考えられる。 全14頁30~43頁
34 (MISC)その他記事
単著
Ben Jonsonの祝婚歌

法政大学『多摩論集』第4巻

117-140頁
1988/03



ベン・ジョンソンの3つの祝婚歌の考察。最初の詩は、ローマの詩人カトゥルスの影響が大きく、一見模倣とも考えられるが、形式的に整っていて基本的な諸モチーフを含み、さらに成熟し洗練されておりジャンルに要求される公的なセンスを持っているため、イギリスで、以後の祝婚歌の一種の規範と見なされるようになる。二作目はそれほど重要ではないが、最後の作品はスペンサーの影響が大きく、結果的にかえってジョンソンの特徴が良く理解できるものとなっており、文学史的に意味が大きい。 全24頁117~140頁
35 (MISC)その他記事
単著
SidneyのDicusについて

法政大学『多摩論集』第3巻

87-111頁
1987/03



サー・フィリップ・シドニーの祝婚歌Dicusの考察。スペンサーの祝婚歌にも影響を与えているDicusの、ジャンル内での特徴を明らかにした。古典、スペインの作家、同時代の詩人、当時のコンヴェンションなどとの関係、さらにトマス・モアの一書簡からの影響も考えられる。シドニー固有の“teach and delight”という詩の見方が、この詩にも基本的に見られる。 全25頁87~111頁
36 (MISC)その他記事
単著
Holy Sonnetsの劇的性格

野村英文学研究会『エバラ・レビュー』第2号

11-21頁
1986/04



ダンの宗教詩Holy Sonnetsの劇的性格の考察。劇的という語の意味を「状況が明確である」「詩の中に詩人が話し掛ける相手がいる」「口語的トーンがある」「詩の中に論理的な展開がある」と具体的に規定し、個々の詩の中にその要素を見る。この分析によれば、ジャンルの形式的拘束にもかかわらず、ダンの聖なるソネットにおけるドラマの存在は明白となる。 全11頁11~21頁
37 (MISC)その他記事
単著
ダンとシェイクスピア-恋愛詩のdramaticな要素について-

法政大学経済学部『多摩論集』第1巻

45-68頁
1985/03



ダンとシェイクスピアの恋愛詩に見られる劇的性格の比較研究。劇的という語の意味を「状況が明確である」「詩の中に詩人が話し掛ける相手がいる」「口語的トーンがある」「詩の中に論理的な展開がある」と具体的に規定し、又それとは反対に詩の中のドラマと対立するものとして「観念への上昇」「自我の消滅」を考える。これに関連して分析すると、シェイクスピアのソネットはよりスタティックな傾向があるのに対し、ダンの詩のspeakerは最後まで明確にエゴを持ち続け、結果的に後者の詩がよりドラマティックなことが明らかになる。 全24頁45~68頁
38 (MISC)その他記事
単著
ダンの「サマセット伯への祝婚歌」

野村英文学研究会『エバラ・レビュー』創刊号

25-30頁
1983/07



「サマセット伯への祝婚歌」の研究。コンヴェンショナルであり、ダンの詩に特徴的な個性的要素が相対的に少ないが、詩の前後に置かれた牧歌の反アルカディア的性格と、その中のダン自身のパーソナルな意図を考察する。
39 (MISC)その他記事
単著
The Good-Morrow論-ダンとpoet-speakerの関係について-

法政大学英文学会『英文学誌』第25号

1-24頁
1983/03



ダンの一恋愛詩の伝記的研究。「おはよう」は創作時代が不明であるが、ダンの結婚後数年のダンの心境を、ほぼ正確に反映していると論証し得る。3つのスタンザはそれぞれ、過去、現在、未来を表しているが、さらにテーマごとに全体を5つ「過去の放縦」「目覚め」「contemptus mundi」「縮まる世界」「魂の融合」に分け、詩の話し手(poet-speaker)の魂の成長と作者ダン自身のそれとの間にある、アナロジカルな関係を考察した。 全24頁1~24頁
40 (MISC)その他記事
単著
ダン初期の祝婚歌-スペンサーのEpithalamionに関連させて-

法政大学英文学会『英文学誌』第23号

39-54頁
1981/03



ダンの最初の祝婚歌についての考察。リンカーンズ・インの祝婚歌は伝統的な祝婚歌の規範から掛け離れた要素が多く、読者に奇妙な印象を与える。その上正式な結婚に際して書かれたという根拠がない。この詩がスペンサーの偉大な祝婚歌のパロディであるという説、模倣の失敗節等をそれぞれ考察する。最終的には、この詩が書かれた1590年代が、文学様式の重要な交代期であることを見て、その観点から分析し、さまざまな様式の混交したスタイルを持っていることを明らかにする。 全16頁39~54頁
41 (MISC)その他記事
単著
A Study of Donne's Feelings and Thoughts in his Later Love Poetry

修士論文


1978/03



ダンの恋愛詩集「ソングス・アンド・ソネッツ」の伝記的研究。ダンはその階級を無視した若さゆえの無謀な結婚によって、失業し一時期世俗的栄達の可能性を失ってしまったように見えた。彼の恋愛詩は大部分、創作年代が不明であるが、結婚前と後のグループへの分類を試み、後者の詩群の中に特徴的に見られる思想や感情と、ダンの失意の時の伝記的事実としてのそれらとの間の多くの対応類似点を見て、この挫折がダンの後期の恋愛詩に与えた影響の可能性を考察した。
42 (MISC)その他記事
単著
“Aire and Angels”の解釈

法政大学大学院『テオリア』第9号

3-15頁
1977/10



ジョン・ダンの一恋愛詩の解釈。「空気と天使」という詩は、詩の話し手が、幼い次元から幾つかの愛の段階を経験して、最後に理想的な愛の形を発見するという筋立てになっている。ダン特有の難解なWitと共に、当時支配的だった愛の理想があるために、現代人にとって明瞭とはいえない個所が複数ある。これをNeoplatonismのプラトニック・ラダーという考え方にそって、全体の有機的な解釈を試みた。 全13頁3~15頁